オーディオ 試行記録

多くの個人プログやネット記事に助けられました。私の経験を還元したくです。

Sennheiser IE 900 の素晴らしさと難しさ

随分と前に購入し、かつ一度記事にしてみたのですが没にしてしまった Sennheiser のイヤホン IE 900 について記してみたいと思います。既に多くの方が素晴らしいレビューをしていて今更感が強いというのが没にした理由だったのですが、意外と使用時間が長くあらためて感想を書いておくのも悪くないと思った次第です。

購入動機

過去記事 HiBy R6 Pro II のその後と AK PA10 の最後で「イヤホンで好みの音に」と書いていましたが、記事執筆後ほどなくして諦めました。手持ちの様々なイヤホンと余剰リケーブルで色々と試したのですが、好みの音と異なる方向性の DAP なこともあり、無理して及第点を探してもしょうがないと感じました。

であれば、好みは無視し DAP の特徴を活かしてはどうか。追求するのは没個性。他の機材と比較する際の基準、リファレンスとして役に立ちそうと考えたわけです
音色や艶を求めた結果 SONYNW-WM1Z と VICTOR の 
HA-FW10000 の組み合わせに行き着いた自分の趣味とは真逆を突き詰めることにしたわけです。

(左) Sony NW-WM1Z (右) JVC HA-FW10000

候補選定

色艶を付加せず録音状態の悪いものが悪いまま再生されること。響きを付加せず位相が整った状態で空間描写ができること。低音はタイトでキレがあり高音は伸びること。
1DD の高性能機なら要件を満たすのではないかと脳内を検索したら、三機種ほど思いつきました。

(左) IE 900 (中) A8000 (右) Perpetua

珍しいことに、今回は購入時に試聴することとしました。IE 900 と A8000 は適いましたが、Perpetua は残念ながら適わずでした。

店舗試聴は難しい

鍵のかかったショーケースに「全て試聴できます」というポップが貼ってある某ショップ。定員さんに「試聴させていただけますか?」と伺うと笑顔で応じて下さりました。

さっそく DAP を取り出して聴き始めるのですが、ここからが難しい。傍では低音がウリの大型 Bluetooth スピーカーがズンズンとデモ音を発していたり、店内スピーカーからはお客様向けのアナウンスが流れていたりします。微細な音の確認は厳しいです。持参したイヤホンとの比較と連想に賭ける感じになってしまいました。
ポタフェスやヘッドフォン祭が盛り上がる理由がよくわかります。イベントとして試聴の場が設けられるのは有難いことですね。

困ったときは聞き慣れた定番曲

きっとこのブログを見てくださっている方はイヤホンやヘッドホンを試すのに必ず聴く楽曲をお決めになっていることでしょう。同じ曲で比較するからこそわかることが沢山あります。今回のように店先で数分聴いて判断するとなれば尚更のこと、聴き慣れない曲では多くの迷いを生じます。減らすに越したことはありません。
手持ちの楽曲から、この二曲で判断することとしました。各々 Amazon Music へのリンクを付けましたのでお聴きになりたい方は飛んでみてください。

Alive は冒頭の30秒で再生機器側の味付けがよくわかる音が沢山出てきます。控えめに連打されるドラムのキック。ピアノの左手。シンバルの乱打。全帯域で抜け良く、解像度高く、余計な残響音をつけずに再生させないと何処かのパートの音が潰れます。
Bloom は瑞々しいピアノの音の背景で奏でられているドラムのブラシが勝負で、これが良い機器だと細かく粒立ちよく奏でられるのですがダメな機器だとまるでホワイトノイズが鳴っているように再生されてしまいます。
本当は空間描写、位相周りの確認もしたかったのですが諦めました。1DDのフラッグシップ機を選んでいるので耳に貼り付いたような印象さえなければきっと大丈夫だと思うことにしました。

結果、IE 900 を選びました。どちらにも良さは感じましたが、高音の抜けの良さとブラシの良さで決めました。店頭の騒音下でも「これは ! 」と感じるものがありました。試聴をさせてくれた御礼も兼ねてその場で買って持ち帰りました。

製造時期と価格について

この機種の発売日は 2021/6 と記事執筆時点で 3年近く前となっています。発売当時の価格は 179,080 円でしたが、その後に襲った原材料費高騰とインフレの煽りを受け 2022/4 に 214,500 円に値上げされました。
また、この値上げの数か月前に製造拠点がドイツからアイルランドに移されました。
同じ製品でも「いつ買うか」で価格や製造拠点が変わるとなると迷うことも出てきてしまいますね。値上げ前の価格を知っている方は特に躊躇してしまうかと思います。ここ数年私が思うのは「思いついたときに買う。迷うなら買わない。」ということです。待っても安くなる、良くなるとは限らない。ということで、私が手にしたのは価格上昇後のアイルランド製です。
私が購入した頃は Amazon での取り扱いがありませんでした。記事執筆時点で確認したところ、私の購入価格より 安い価格で取り扱っていました。

この機種については多くの中古が廉価で流通しているので、敢えてそれらを試すのもアリかもしれません。

外見

この機種は非常に多くの方が記事にしていらっしゃり、それらを見たほうが詳細かつ有益なため、簡単な紹介に努めたいと思います。

開封

2023年のアイルランド製新品を開封したところです。旧機種と違うところはありますでしょうか?

Sennheiser IE 900 の箱を開けたところ

箱の上段にはイヤホン本体があり、それを取り出すとマニュアルや小物類が格納された下段が現れます。ケーブルが三種類、3.5mm アンバランス、2.5mm バランス、 4.4mm バランスと同梱されている点は珍しいです。もう 2.5mm バランスは要らないのではないかとも思いますが、この IE 900 発売当時は A&Ultima SP2000 が現役のフラッグシップだったことを考えますと 2.5mm バランスの同梱は必要だったとも言えます。SP2000 を購入するような耳の肥えた方に是非使ってほしいというシグナルを送っているように感じます。

イヤホンケース

イヤホンケースが同梱されてる機種は多く、また廉価な機種でもよく見られますが、わたしは使ったことがございません。いつもイヤホン用のポーチを別に用意します。ポーチに傷はついても構いませんがイヤホン本体には傷がつかなようなものを選んで使用しております。カバンに入れたケースに傷がついたら残念な気持ちになりそうですが、別に買ったポーチなら気が楽です。

そんなこんなで、使うことのないケースにはバランスケーブルが格納されているので、取り出したついでに裏面を見てみました。シリアル番号が記載されていました。

IE 900 のイヤホンケース裏面。シリアル番号はボカしています。
ケーブル

私が使用するのは、4.4mm のバランスのみです。他は新品のまま試しもせずに仕舞われることとなります。

IE 900 の 4.4mm バランスケーブル

IE 900 のコネクタは mmcx タイプの形状をしているのですが少し長いらしく、mmcx として発売されているリケーブルは嵌らないそうです。そして、上記の写真を見ていただくとわかりますでしょうか、歯のついたワッシャが入っております。このワッシャの効果は接点不良が減るものとのこと。この手のワッシャは Shure 製のイヤホンケーブルにもあったと記憶しています。

イヤホン本体

本体を取り出し、ケーブルとイヤーピースを嵌めてみました。
非常にコンパクトで軽く、耳への収まりがいいです。様々なイヤホンを使ってきましたが、最高峰のひとつに挙げたいと思います。

IE 900 本体。小さくて耳にフィットしやすい。

比較用にお気に入りのイヤホンのひとつである HA-FW10000 と並べてみました。ひとまわり小さいのがわかるかと思います。この写真を撮ったのが開封直後ではなかったのでケーブルが純正品ではなくなっておりますが、その点については後述します。

IE 900 と HA-FW10000。リケーブルについては後述。

素晴らしい音。難しい使いこなし。

試聴環境から自宅に場所を変え色々と試しました。記事を書いている今、あらためてこの機種を表現しますと「とても素晴らしく難しい」という一言になります。

デフォルト状態での音の印象

店頭試聴時と同様の状態、純正ケーブルで Hiby R6 Pro II に接続し同じ楽曲を聴きました。印象は素晴らしいものでした。伸びやかな高音と締まった低音。全帯域で微細な音が潰れることなく表現されます。思わず「凄いな」と声が出ました。

プレイヤーを変えてみる

次に再生機を変えて試してみました。Chord Hugo2 で再生してみますと、Hugo2 のもつ粒立ちの良い磨かれたような一音一音が IE 900 から聴き取れます。続けて、SU-AX01 で試しました。バイオリン等の擦弦楽器で特に感じられる艶のある音が楽しめます。
ここで「参ったな」と声を漏らしました。アンプの素性でここまで変わると、何処を弄っても音が変わることが容易に察せられます。難しいものを手にしたことを知った瞬間でした。

(上) Chord Hugo2 (下) JVC SU-AX01
イヤホンを変えてみる

続けてプレイヤーを Hiby R6 Pro ii に固定し手持ちのイヤホンを変えてみることにしました。HA-FW10000 のほか、moondrop KATO など様々な所有機種と聴さ比べました。結論は最も無味・無着色でした。「音に味や色なんてあるか ! 」というツッコミは受けます。音に色なんて無いのですが IE 900 を純白に例えると他は少しベージュがかってたり茶色っぽかったりします。IE 900 で聴くことで他のイヤホンの癖を改めて知ることになりました。

狙いは成功か否か

リファレンスになる環境を狙っていたので今回は上手くいったのかと自問すると「いや、完璧とは言い難い。僅かに足りてない」というのが自答でした。高音の解像度と定位についてのみは Letshouer S12 のほうが若干上。音色は IE 900 のほうが圧倒的にクリアですが前述の点が僅かに後塵を拝すように感じました。Hiby R6 Pro ii の良さでもある部分での不足ですので、諦めてしまっては意味がない。
模索の始まりでした。

パーツ交換による音の調整

「家に着くまでが遠足」ではありませんが「鼓膜に届くまでが音のチューニング」です。ドライバが音を発してから鼓膜に届くまでの経路で音はいくらでも変わってしまいます。ドライバから発せられた音は軸の部分であるステムとイヤーピース、耳の穴を通り鼓膜を揺らします。ヘッドフォンの記事にてイヤーカップを強く押したり隙間を開けたりすると音が変わってしまうことを記したのと同様に、イヤホンもイヤーピースの合わないのもので聴いたりしますと音が変わってしまいます。
まずは最も簡単に音が変わるイヤーピースから確認することにしました。

イヤーピース

IE 900 にはシリコンタイプとフォームタイプの二種類のイヤーピースが付属しています。どちらとも使用しましたが印象は大きく変わりませんでした。
奥と手前の2段階の位置で装着できるのですが、手前で止めて使用する場合はイヤホンを耳に嵌めるときに慎重に扱わないと奥にずれてしまいます。奥までのみと考えた方が無難です。

フォームタイプを装着。(左) 手前まで (右) 奥まで
リケーブルについては後述。

純正品のイヤーピースが耳にフィットしないことはよくあることなので、10 種類程度のサードパーティ製イヤーピースを常備しています。それらを順番に試すことにしました。手持ちの一部、SednaEarfit を写真に収めました。サイズは全て SS です。

左から順に SednaEarfit XELASTEC , Crystal , 純正シリコン , MAX

サードパーティ製を試してみるにあたり、あらためて純正品を確認しました。結果、高音の解像度や定位に影響が出そうなもチューニングパーツがイヤーピースに含まれているのを見つけました。イヤーピース内にスポンジが入っていました。

(左) 取り出した状態 (右) 取り出す前の状態

このパーツには音の角を取る効果が確実にあります。「鼓膜に届くまでが音のチューニング」と言わんばかりの仕込みです。このスポンジ込みで IE 900 の音を仕上げているのでしょう。
筒抜けの SednaEarfit に変えてみたところ、音の立ち上がりが鋭くなり高音の解像度が増しました。これで OK、求めていた音になったと言えなくもないのですが、再び「ウーン」と唸ってしまいました。

難しいです。

鋭くなった状態を良いといえば良いと捉えることができます。しかし、スポンジが入りリスニング向けに整えられた音こそ良い音だともいえます。極めて鳴らしやすいイヤホンだけに、使用しているプレイヤーによってはスポンジの入った状態でないと音が暴れてしまうことは十二分にあり得ます。

組み合わせるプレイヤーが Hiby R6 Pro ii、かつ聴く曲が高音質楽曲であるという点から、使用するイヤーピースは筒抜け状態のひとつである SendnaEarfit XELASTEC にしました。

使用するプレイヤーと聴く楽曲で正解は変わると思います。「これがお勧めです」と言えない難しさがあります。ちょっとしたことで確実に音色が変わる IE 900 は素晴らしいと思います。故に難しいです。

リケーブル

このブログをご覧になっていらっしゃる方なら「音が変わる」と認識なさっている方が多そうなケーブル交換、リケーブルについても記します。

リケーブルはしないつもりだった

当初、イヤーピースの交換までに留めてリケーブルをしない方針でした。

既にプレイヤーを変えると確実に音が追従することとイヤーピースにチューニング用パーツが仕込んであったことを知っていますので、ケーブルについても同梱の純正ケーブル込みで音が創られており、リケーブルでの音変化が大きいと察することができました。
一部の高級ヘッドフォンではまるでリケーブルを前提としているようなものが同梱されていたりしますが、IE 900 には良質なものが 3 種も同梱されており「このケーブルで聴いてくれ」と言わんばかりの気合いを感じ取ることができます。であれば、これを使い続ければいいだろうという判断です。

リケーブルは物量勝負

これもこのブログを読んでくださる方なら同意してくださる方が多そうな気がします。リケーブルは物量勝負です。非常に高価なケーブルを無理して一点買いするよりも、質実剛健なものを 10 本所有して全て試す方が満足いく結果が出ます。数を揃える前提での経済力勝負みたいなところがあって、20 万円のものを 1 本持つより 10 万円のものを 2 本、2 万円のものを 10 本持った方がお気に入りの音に早く到達できます。

だからと言って、いきなり自分の購買力より桁を 1 つ下げたケーブルを 10 本買って、9 本を無駄にするということもし難いものです。
すると、自分の購買力に近く試してみたいケーブルを偶に 1 ~ 2 本買ってみるということを繰り返し、年月の経過と共に「ケーブルのコレクション」が出来上がります。

困ったコネクタ

出来上がった私のケーブルコレクションはメインが mmcx タイプ、サブが 2pin タイプです。Sennheiser にも入る mmcx という基準で集めたことはありません。リケーブルは物量勝負。IE 900 のためだけに一からやるのか? と問われると躊躇します。

おまけに特殊なコネクタであるということは選択肢が少ないことと同義です。ますます気力が失せます。気合いを感じる純正でいいじゃないかと。

たったの半日で気が変わり購入へ

ところが、たったの半日で気が変わりました。ケーブルが服に触れたりしたときに耳に伝わる不快な音、タッチノイズが気になってしまったためです。大丈夫な方も多い範疇だとは思いますが、私は許容範囲を超えてしまいました。「音探しの旅に出るためではない、タッチノイズのしない快適な状態にするために買おう。」と自分に言い聞かせ一本買うことにしました。とはいえ、失敗したら 2 本目、3 本目と行ってしまいそうな嫌な予感もします。

IE 900 で装着できると公表されているものを探し、見つけた少ない選択股のなかから、試し買いと思えるお値段だけど 2本目に進まず最後になってほしいと願って買ったものがこちらでした。

丁寧に聴き比べしてしまうと音探しの旅が始まってしまうので本来の目的に絞ってインプレッションをしました。

問題だったタッチノイズは完全に無くなりました。大変良かったです。そして、音色も純正使用時と比べ色が付いたり著しく解像度が落ちたりという印象は起こりませんでした。何よりもタッチノイズが無くなり鑑賞に集中できるようになったので「これで良し」としました。

本当は、この onso 製ケーブルの mmcx コネクタと IE 900 との嵌りが良かったので一通り買って試したい欲求が出てきたのですが何とか我慢しました。

Shure 掛け用パーツ

IE 900 は耳に装着する際、メガネのように耳の後ろから耳上にケーブルを這わせる通称「Shure掛け」をします。先ほど紹介した onso 05 はShure掛け用の形状をしておりません。そこでケーブルをShure掛け用の形状でホールドするパーツを付加することにしました。

左から Final Type A 開封前 , 開封後 , NOBUNAGA Labs , サイズ比較

試しに 2 種買って比較してみました。柔らかさとサイズ感とで Final Type A のほうが合いました。装着した状態の画像はこちらです。

ONSO 05 に FINAL Type A

モニター環境の出来上がり

モニター環境の出来上がりとタイトルをつけてはみましたが、弄れば弄るほど音が変わるイヤホンのため、出来上がりとは言い難いです。

しかし、Hiby R6 Pro II と組み合わせて没個性・リファレンスとして役に立つものを、という目的は果たせました。余計な響きが付帯しない、音の消え際が楽しめる環境として満足のいくものになりました。

この状態にしてから半年近く使っていますがイヤーピースを変えたいとかケーブルを標準に戻したいと思ったことは今のところありません。また、イヤホンだけでなくヘッドフォンも含む他の機器の使用時間と比して、IE 900 の時間が最も長くなりました。音もさることながら耳への負担が最も軽いという点も大きいです。

どのプレイヤーで使用しても魅力を引き出すことが出来る優秀なイヤホンなので単一機器用に固定するのは正直申しまして勿体ないのですが、そのプレイヤーに合わせたイヤーピース選定やリケーブルが上手く行く可能性が高く、投資に歯止めが効かなくなるのが難点です。