オーディオ 試行記録

多くの個人プログやネット記事に助けられました。私の経験を還元したくです。

T60RP 50TH ANNIVERSARY 購入後インプレッション

まず最初に、フォステクスの皆様、創立 50 周年おめでとうございます。

本日記事にしますのは、冒頭にありますとおり同社の創立 50 周年を記念して発売された限定モデルのヘッドフォン T60RP 50TH ANNIVERSARY です。

T60RP 50TH ANNIVERSARY

数量限定とのことで他の方の役に立たない記事の典型ですが、気にしている方の参考にはなるかもと思い書いてみます。

FOSTEX について

わたしが生まれる前のことを書くのは容易ならざるのですが、お読みいただいた方が調べたくなる機会になると嬉しいので簡単に。

太平洋戦争に敗れた日本が米国の占領下となったのが 1945 年、主権を回復したのが 1952 年。この占領統治下に後の日本を代表する会社がいくつも生まれたことは皆様のほうがお詳しいかもしれません。現在の SONY である東京通信研究所は 1945 年に、現在の HONDA である本田技研工業は 1948 年に生まれました。

FOSTEX のルーツとなる信濃音響研究所が生まれたのは 1949年。スピーカーやマイクロフォンなどの音響部品、ないし音響部品を用いた製品の OEM で発展しました。OEM とは他社ブランドで販売される製品の設計や製造を請け負うことを指します。

フォスターの歩み|フォスター電機株式会社

他社の企画に沿って設計や製造している OEM 製品とは異なり、フォスター電機独自に商品を企画し設計や製造、販売をしているブランドが FOSTEX です。

Fostex | FOSTEX(フォステクス)

業界こそ違いますが私も長く社会人を勤めてよくわかることに「設計・製造」と「企画・販売」との仕事の質の違いの大きさがあります。両者の努力・才能は方向性が異なり、両方に才を持つ人は少ないです。片方ができても片方ができないという方は多くいらっしゃります。ものを作るのも上手いし売るのも上手い会社というのは素晴らしいと思います。
「設計・製造」を主としていたフォスター電機が、FOSTEX というブランドによる「企画・販売」を開始したのが 1973 年。その 50 年後が今年 2023 年です。

ヘッドフォンが好きな方は、ダイナミック型や平面駆動型などのドライバの仕組みについてお馴染みかと思います。PlayStation の開発元である SONY グループの企業 S.I.E. が今夏 Audez'e というヘッドフォン会社を買収したことには驚きました。当時オーディオ好きっぽく考察したのは

  • SONYは大崎に優れたオーディオ開発者の方々がいらっしゃる。にもかかわらず、わざわざ Audez'e を買った。
  • 私の音の好みは定位と音場、そして自然な音の繋がり。今まで多くの機器を購入したが、やはり平面駆動に優があるという結果に。一部の高級ダイナミック型も善戦。マルチBA型イヤホンは残念ながら論から外れる。
  • 最近のゲームは FPS の影響で索敵を音でするらしい *1
  • S.I.E. の方も Audez'e の平面駆動を採用したゲーミングヘッドフォンを使ってみるに、その優位性を自社では埋め難いと判断したのだろう。

ということでした。

話が大きく逸れました。上で紹介したリンク フォスターの歩み で平面駆動である RP振動板を使った製品がちょこっと紹介されています。半世紀近く前から、要素技術として持っていらっしゃったという事実にいろいろと考えさせられるものがあります。本日紹介する T60RP は、FOSTEX 社の平面駆動型ヘッドフォンの製品で 5 年以上前のものである一方、同社の平面駆動型としては新しい部類、つまり現行モデルです。さきほどの「設計・製造」と「企画・販売」との違いや S.I.E. が平面駆動を求めて Audez'e を買収したこと、中国の平面駆動のメーカーの製品サイクルの速さなど諸々、諸々。

購入動機

記念モデルのベースである T60RP の、私の所有期間は長いです。記事のために調べたら 2018 年に買っていました。もう 5 年以上も前でした。所有するヘッドフォンのなかでは古参のひとつであり、また最廉価です。あまり好きな言葉ではありませんが、コスパという言葉を用いれば一番の機種です。

些細なきっかけ

壊れたわけでもないのに所有機種をあらためて買う必要はありません。発売の数日前に、たまたま X ( 旧 Twitter ) の書き込みを見ました。記念モデルが発売される。11 月 3 日の午前 0 時、 Amazon 限定だとありました。
11 月 2 日は残業で疲れてました。地元の駅に着いたのが 23 時 58 分。暗く人通りの少ない道を歩いていたときに発売のことを思い出しました。「赤いのいいじゃん、カッコいい。」とスマホの画面をタップしてしまいました。典型的な衝動買いです。定時に帰れてお風呂にでも入っていたら、間違いなく買っていません。運命のいたずらです。

以下、Amazon での購入ページのリンクです。このページでカートに入れる際に通常版と記念版のどちらかを選ぶ仕組みになっていました。記事執筆時点では売り切れて通常版しか選べなくなっています。製造ラインの都合等で一定数在庫ができたら追加販売とかあるかもしれませんね。

コロナ前や発売当初の価格を知っていらっしゃる方は現在の価格に抵抗があるかもしれません。私から言えるのは「過去の価格は返ってこない」ということです。過去の価格は頭から消して、いまの価値といまの価格で判断して、買うか見送るか決めたほうが良いです。

沼ではなく衝動買い

今回の買い方は、このブログを書くきっかけとなった「沼」と称されるものとはちょっと違います。前に記事にした HiBy R6 Pro II は、それを起点として相応しいアンプをと AK PA10 を購入し、更に相応しいイヤホンは何なのかと  SENNHEISER IE 900 を購入するに至りました*2。この、12 万円の買い物をきっかけに 30 万円の追加投資をするという意味不明な連鎖が「沼」と称される危険なものです。

外見

Amazon 配送ということで、3 日の零時に注文したものが 3 日の夕方には届きました。スマホの画面で感じた印象と実物との差を確認してみます。

開封

元のモデルである T60RP の箱と恐らく同じです。5年前に買った元のモデルには製品写真を使った洒落た帯がついていましたが今回はありませんでした。限定品のために帯を作り直すのも勿体無いので仕方ない感じでしょうか。

(左)箱 (中)開封後 (右)スポンジシート取出後

箱を開けるとペラ紙を折ったマニュアルが入っています。マニュアルとスポンジ状のシートを取ると本体が現れます。

ヘッドフォンについているイヤーパッドは通常版の T60RP と同じ合皮タイプのもの、中央にはこのモデルで新たに付属したベロア生地のものが入っています。通常版では規格外のイヤーパッドを使っている私にとって、このベロア生地のイヤーパッドは楽しみです。

T60RP 50TH ANIV. を取り出したところ

箱から取り出してみました。通常版との差は僅差かと思っていましたが、いろいろと違いました。意外と違う。違うものだと思うと同じですし、同じものだと思うと結構違う。そんな感じです。後の項目で細かく記します。

ケーブルなど他の付属品も全て確認し画像に収めようかと思いましたが、どうせ使わないので未開封状態のまま指紋もつけず箱を閉じました。

通常版との比較

せっかくなので、50TH ANNIVERSARY 版と通常版を並べて比較してみたいと思います。

ハウジング・イヤーカップ

T60RP のイヤーカップ比較 (左) 50TH ANIV. (右) 通常版

最も大きく違うのが、このイヤーカップです。50TH ANIV.はアフリカンパドック、通常版はアフリカンマホガニーを使用しています。わたしの通常版は 5 年の歳月を経て色が濃くなっており、買ったばかりですともう少し白いです。木は経年で色が濃くなるものということで、そういう使い方をして風合いが年月に相応しくなっています。できるだけ触れず、光にも当てず箱で保管するようにしていた方なら、もっと購入直後の白みを残せていると思います。
各々の木材ですが、アフリカンパドックは木琴やカスタネットなど、アフリカンマホガニーはギターなどに使用されています。先にそれを意識すると、聴き比べが楽しくなるかもしれません。

ケーブル

上述の写真でイヤーカップとヘッドバンドとの間にニョロッとケーブルが出ているのがわかるでしょうか。この材質が違いました。50TH ANIV.はビニール被膜、5年前に買った通常版は布被膜です。正直、どちらが良いのか全く分かりません。T60RP に限らず FOSTEX のケーブルは布が多いので「あれっ」とは思いました。

ヘッドバンド

T60RP 50TH ANIV. を箱から取り出した第一印象は「重い」でした。他の重いヘッドフォンをいくつも持っているので、絶対的に重いとは全く思っていないです。通常版の重さをよく知っているので「これは T60RP の重さではない」と瞬間的にわかったということです。そして、この原因がヘッドバンドだということもすぐにわかりました。

(左) 50TH ANIV. (右)通常版

見た目ですぐにわかりますが、ヘッドバンドが異なります。このブログのテーマの半分が装着感と音質との関係性だと言っても過言ではありません。そして、ヘッドバンドとイヤーパッドが装着感にとって重要な要素であることは何方も否定なさらないでしょう。使う前から「これは音が違うな」と確信しました。ここでいう「音が違う」は鳴っている音でなく、自分の耳に届く音です。ヘッドバンドを変えて、別添でベロアのイヤーパッドを付属してきたというところ、FOSTEX さんのポリシーといいますか意図を感じますし、きちんと受け止めた記事を書かないとと襟を正す気にもなります。
マーケティング的な視点で見ると、記念モデルで新しいものを試して市場評価が良ければ量産型に入れるのでしょうか。いろいろと想像してしまいます。

このヘッドバンドが気になってしまい調べたところ、新規ではなく前のモデルの T50RP で採用したラバータイプのヘッドバンドを使っているようです。

重量を公式サイトで調べたところ、50TH ANIV. が約 450 g、通常版が約 380 gだそうです。ちなみに FOCAL STELLIA は 435g。400g 台のものは意外と多くあります。

イヤーパッド

通常モデルの合皮のイヤーパッド別の記事で書いたことがありますので、新しく追加されたベロア生地のイヤーパッドのみを画像に収めました。

ベロア生地のイヤーパッド

合皮のイヤーパッドと同じ縦 60 mm 横 40 mm の内径です。違うのは厚み。前後の傾斜もありません。厚みがあると耳との間に空間が生まれ、それが音との距離感に繋がります。また空間内で反響が生じるため、軽減する工夫が必要になります。その反響軽減策のひとつであるドットといいますかシボのようなものが付けられています。そして何よりも、頬や耳の裏の肌にピタっとつく皮と違い、ベロア生地は音を吸収して逃がします。

モニターヘッドフォンと呼ばれるものは、総じて薄いイヤーパッドで耳に貼り付くように音を聴かせるものが多いです。リスニングと称するものは、それらより距離を置いて音楽全体を聴かせるものが多いです。
もちろんモニターヘッドフォンにも「意外と距離感じて長時間聴いて楽しい」というようなものもあるため、全てがそうとは申しません。用途的にそういう傾向が生まれるという程度の話です。

装着感と音

最後に装着感の違いについて記したいと思います。装着感と音との関係は切っても切り離せないので、音についても少し記します。

前提

他の記事で一度読んだ方はごめんなさい。もう一度ヘッドフォンの装着と音に関する前提に触れておきます。
ヘッドフォンで音楽を聴いているとき、イヤーカップの縁を持って耳の前側や後ろ側にずらしたりしてみてください。また耳に少し押し付けたり、逆にほんの少し浮かせて耳への圧を緩めたり隙間を作ってみたりしてください。聴こえかたが変わるのがわかると思います。特に押し付けたり浮かしたりすることが激的で、浮かせてイヤーパッドと肌の間に僅かでも隙間ができますと重低音が抜けたり高音の細かな音が聴き取れなくなったり、中音域の響きが弱くなったりするかと思います。

使用時の快適さを無視して手っ取り早くヘッドフォンを開発するなら、イヤーパッドは極力薄くしヘッドバンドの側圧でカップを力一杯耳に押しつければドライバが鳴らしている音を正確に耳に届けられることになります。イヤーパッドを厚くしたり、耳に押し付ける力を弱くしたりすると、狙った通りで正確に耳に届けることが難しくなります。
頭の大きい人、小さい人、スキンヘッドやポニーテールでイヤーパッドと肌を密接に当てられる状態の人、ロン毛やパーマで髪の毛をたくさん巻き込んで装着してしまう人。様々な人がヘッドフォンを使用するでしょう。
イヤーパッドを厚くして耳に押し付ける力を弱くしたヘッドフォンは、快適な装着感となる一方で、使用者の千差万別を吸収できなくなってしまいます。結果として開発者が狙った音と違う音で耳に届いてしまう恐れが大きくなり、いわれもしない否定的な評価を受けてしまうやもしれません。

側圧が弱くなった

T60RP 50TH ANIV. で採用された新しいヘッドバンドは、通常版に比べ側圧が弱くなっていました。これには驚きました。
通常版の T60RP は側圧が強くイヤーパッドも薄いため、アルバム1枚の時間でさえ装着できませんでした。結果、規格外の厚いイヤーパッドを使い今に至っております。
50TH ANIV. 版は耳当たりがとてもソフトです。「このまま標準の合皮のイヤーパッドで大丈夫かも」と思わせる優しさです。通常版の T60RP の側圧と薄いイヤーパッドでも「快適」だとおっしゃる方には、どちらでも良い話だったりするかもしれません。私のように通常版の側圧では長時間装着に耐えられないと感じていた方には朗報だと思います。

通常版の T60RP の側圧を高いと感じる方がどの程度いらっしゃるか私にはわかりません。もし、さほど多くないとしますと、弱くして使用者の千差万別を吸収できなくなってしまうというリスクは意外と高いのかもしれません。ヘッドバンドはキツくイヤーパッドは薄くが無難です。そんなもの私は嫌いですけど・・・。

このことが音質について誤解を生む可能性になることは前項で記したとおりです。そのリスクを取ってなお弱くしたとことには賛辞を送りたいと思います。

音がスッキリと遠く

規格外のイヤーパッドを装着した通常版の T60RP を長年使用してきた記憶があるせいでしょうか、聴いた第一印象が「あれ、スッキリして遠いな」でした。ヘッドバンドがソフトになったせいで隙間から音が漏れているのかとも思いました。イヤーカップの縁を掴み、耳に押し当てたり離したりしてみます。どうも漏れているわけではなさそうでした。

標準の合皮のイヤーパッドのままでも良さそうだったのですが、せっかくベロア生地のイヤーパッドが付いているので試すことにしました。側圧を弱くして厚いイヤーパッドを付けたということは、そういうことだという開発者のメッセージですので有り難く受け取ります。

イヤーパッドを外したところ

薄い標準と厚いベロアのイヤーパッドを比較

ベロアのイヤーパッドにしても標準の合皮時との差は大きく感じず楽しめました。スッキリ感と距離感が少し増したかなという感想です。

規格外のイヤーパッドを装着した私の通常版 T60RP は、ぶ厚いイヤーパッドのせいで少し響きが増してしまっています。それを前項とした感想です。もしかしたら、いま聴いている 50TH ANIV. の音は標準の合皮イヤーパッドを装着した通常版と変わらないのかもしれません。標準の合皮イヤーパッドとの比較でも上述の感想になると思ってはいますが、通常版のイヤーパッドを標準に戻して確認をしていないので断言できずです。

規格外のイヤーパッドを装着

ストックのイヤーパッドが手元にあるので 50TH ANIV. にも規格外のぶ厚いイヤーパッドを装着し、同条件で比較をしてみました。

50TH ANIV. にも規格外の分厚いイヤーパッドを装着し比較

見るからにぶ厚いですね。通常版ではこのイヤーパッドをつけないと耳が痛くなってしまうのですが、50TH ANIV. 版はヘッドバンドがきつくないのでこのイヤーパッドでなくても大丈夫そうです。相応しいイヤーパッド探しは後日ゆっくりするとして、とりあえずこれで同条件比較をしてみます。

結果、やっぱり通常版より少し遠くスッキリと鳴っているように感じました。どちらにも同じ響きが生まれてしまうイヤーパッドを付けているのですが、明らかに同じ音ではありません。

さいごに

音の印象をスッキリという言葉で表現しましたが、これを細かく言いますと低音域と高音域の聴こえを良くして耳に貼り付いた感が減り、長時間装着に耐えられる柔らかいバージョンになったという感じでしょうか。そんなメッセージを製品から受け取りました。数多く発売されるヘッドフォンを比較して、どれが良い音かと比較するような競争には向いていない仕上げ方かもしれません。

だからこそ限定品で、流通量の少ない状態でテストマーケティングするのもいいと思いました。私はこの試みを好意的に捉えます。せっかく装着感の良いソフトなヘッドバンドになったので、音質と装着感を両立できるイヤーパッド探しをしてみようかと思います。

*1:※360度囲むようにモニターを置いて目視というわけにもいかないので、音で敵の位置を拾いたいのではないでしょうか

*2:記事を書いてみましたが 50% ぐらいで中断してしまいました。結論としては IE 900 なら HiBy R6 Pro II 直刺しでも良さを活かせるが、私の所有する他のヘッドフォンやイヤホンは全てイマイチという総括でした