オーディオ 試行記録

多くの個人プログやネット記事に助けられました。私の経験を還元したくです。

Yuming Banzai! の革命を楽しむ。

様々なメディアでプロモーション活動をしていらっしゃるからでしょう、9月下旬あたりからユーミンをよく目にしました。 10月7日の夜、タモリ倶楽部という番組で「50周年記念アルバムが本日発売」と話していたので、折角だからと聴いてみました。
驚愕しました。
なんと形容していいのか。おそらく、いま活動しているアーティストで同じことをできる人は皆無。様々な理由により不可能「したくてもできない」でしょう。 これをリアルタイムに体験するオーディオファンの方が1人でも増えることを願い、簡単にですが記事にします。

偶然の積み重ね

奇跡とは偶然の積み重ねであり必然である、というありふれた言葉を枕におき奇跡の背景から話を始めます。
2016年まで遡ります。この時点では、まだユーミンハイレゾカタログは配信されていません。SONY のフラッグシップ Walkman に関する松任谷正隆氏の体験記事です。 www.sony.jp 音の立ち上がり、マイクの位置、引き算のレコーディング等。示唆に富む多くの言葉が語られています。また、過去のCD作品について触れ、作り手として納得した音質で提供できていないともおっしゃっています。
文中にあるノラ・ジョーンズ『Don't Know Why』のハイレゾ音源、NW-WM1Z、MDR-Z1R は私も所有しておりまして、語られていることを実際の音で体感できております。

更に時は遡りまして2012年。GOH HOTODA氏のプライベートスタジオに関するインタビュー記事です。この時点では、まだ松任谷氏とお仕事をなさっていません。 www.neo-w.com ミキシングに関する専門の話が多いですが、時間も手間もかけて前向きに取り組む、デジタルの時代になってもアナログが基準などといった考えを語られてます。「たとえば CD が売れないからって budget も取らずに、その結果クオリティーを下げてしまうということは、しっかりとした機材やデジタルのアップグレード、音を出す環境、こういった現場の音作りに対する重要事項、”クリエイティビティー”を無視する格好になっちゃう」と制作側に向けた厳しい言葉が印象的です。

奇跡の始まり

2016年のアルバム「宇宙図書館」リリースに合わせた松任谷氏とGOH氏対談インタビュー記事です。
www.avidblogs.com 演奏前のマイクを立てるところから最後のマスタリングに至るまでの、多くのこだわりが語られています。妥協を知らないお二人の関係は「1曲ぐらいパーフェクショニスト同士衝突があってもいい」という恐る恐る?の仕事から始まったとのこと。最後に松任谷氏の「(全て)ハイレゾになるべき」「シンクラビア(というシンセサイザー)で作った作品なんかは、出た瞬間に廃盤にしてほしいと思った」という強烈な言葉も注目です。

奇跡の結実。全曲ハイレゾ化。

2019年9月、全楽曲をリマスタリングハイレゾ化し、配信開始されました。 このタイミングで Amazon Music HD のサービスも始まりました。Yumingハイレゾ音源がダウンロード配信だけでなくサブスクで聴けるということで Amazon Music HD サービス開始の目玉コンテンツとなりTV CM も流されていました。
わたしの言葉なんかよりお二人の言葉を。松任谷氏GOH氏の対談インタビューをご覧ください。
※以下、同じ記事です。お好きな方をどうぞ。 mora.jp www.e-onkyo.com 松任谷氏の「ハイレゾになるべき」、GOH氏の「時間も手間もかけて」が結実します。

余談。リマスター音源の感想。

他の同時代の楽曲でのリマスター音源より明らかに良い音です。レコーディングされた時代によって傾向がありまして、アナログ時代であればテープの劣化によるノイズフロアの上がり、デシタル黎明期であればレコーディング時の情報不足による存在感の希薄な細い音がします。それを知った上で聴くと、意表を突かれます。アナログ時代のものは想像よりクリアですし、CD以降のものも音に厚みを感じます。
そして、これは GOH 氏がもたらした味付けでしょう、バスドラムの音が非常に鋭いです。初めて聴いた時、ビックリしてヘッドフォンを外しました。間違えて大音量の音を出してしまったときに慌ててヘッドフォンやイヤホンを外すと思いますが、大音量でないのに反射的にそれをやったということです。こんなに鋭く音圧の高いバスドラは聴いたことないというほど鋭かったです。
オーディオ機器は鋭い低音が苦手です。バスドラは、ペダルを使い足の力で大きな皮をバチンと叩いて空気の波にします。その波を記録し、さらに電気エネルギーで再現するのですから大変です。音の周波数が低い割には立ち上がりは速いし、再生装置を大きくしないと波形を再現しにくいし、大きなものを鋭く動かすことは力学的に労を要するしと難度の高い要素が目白押しです。前世紀のオーディオ機器ですと、低音はどうしても立ち上がりが遅く丸いものになっていました。ハイレゾ化と機器の進化でようやく表現できるようになりました。ここ10年の話といっても過言ではありません。
推測ではありますが、スピーカー環境ですと上述の鋭い味付けでちょうど良いのでしょう。ヘッドフォン環境ですと、再生時のドライバの応答が良すぎて低音が出すぎてしまうのだと思います。

革命。リミックス版のベストアルバム。

まだお聴きになっていらっしゃらない方は一度お聴きください。 music.amazon.co.jp 約50年分を時系列でソートせずちりばめているのに、音が音色込みで全体的に整っていると思いませんか? 音の空間的な振り方やボーカルの出具合も。この時点で「すごい。どうしてこんなことできるんだろう。」という感想を持てるかと思います。 これが、ベスト盤の前の状態で聴きこんでいると感想が変わります。 「ミキシングバランスを変えたのか?」「音数が減っている。」「こんな音は入っていなかった。」「入っていた音が差し変わっている !」と驚きの連続です。ボーカルは当時のユーミンで間違いないし、曲もアレンジ込みで当時のままの雰囲気なんです。しかし、トラックは当時をインスパイアした現代のものです。いや、時代の流行性を減らして流行り廃りの影響を受けないようにし直したというところでしょうか。
聴き比べ用のプレイリストを作りました。時系列にソートし、2019 リマスターと 2022Mix が順に再生されます。Amazon Music HD を聴くことができる方は以下のリンクを辿ってみてください。

Yuming Banzai Mix比較 - Amazon Music プレイリスト

音の差し替え例としてドラム音を取り上げてみます。 こちら、権利的に大丈夫か心配ですが、YouTubeにアップロードされた動画でタモリ倶楽部でのドラム音の解説です。 youtu.be 70年代スティーリー・ダン風ノイズゲート、80年代前半ヒュー・パジャム風ゲートリバーブ、80年代後半パワーステーション風の三例が紹介されています。これを踏まえて、上述の聴き比べ用プレイリスト72,73曲目「SWEET DREAMS」を聴いてみてください。
楽曲の「原盤」は様々な演奏や歌唱が混ざった状態の完成状態です。それへの加工は、混ざった状態に対するものとなります。混ぜた後であっても特定の周波数帯(音域)に狙い撃ちして強弱をつけたりエフェクトをつけたりすることは可能ですが、複数の楽器演奏や歌唱音声が同じ周波数帯に混ざっているため全てに影響を与えてしまい、特定の楽器だけというわけにはいきません。ですので、昔の原盤を集めてベスト盤を作るという作業において「音数が減っている」とか「入っていた音が差し変わっている 」という状態にすることは不可能です。
販売される音楽 CD には、著作権法の様々な権利が積み重なっています。作詞・作曲・編曲はもちろんのこと、レコーディング時の歌唱者や演奏者の実演権、録音物に対する原盤権と多くの権利が存在します。これらすべての権利について権利者と適切に契約されクリアになった状態で音楽 CD は販売されます。過去の作品を再販するとなった場合、契約締結時の内容次第ですが、制作した原盤をそのまま使うのは比較的難易度が低く、原盤を中途半端に弄ることが最も大変です。中途半端に弄るぐらいなら、原盤を一切使わず新たに録音し直した方が著作権的には整理がしやすく実現も容易になります。

以上のような事情や背景により、このようなリミックス・リマスターは、

  • 初販時の原盤とは別の「演奏・歌唱毎の録音物」が残存し、保存状態が音質的に良好。
  • 録音物の権利がクリアになっており、権利者の許諾を揉めずに得られる状態。

という二つの大きな課題を乗り越えなければ実現できません。また、この二つの条件が揃うことなど、まずないと思います。
そして、何よりも大切なことは「熱意とコスト負担」です。「出た瞬間に廃盤に」とまでおっしゃった松任谷氏とこだわりの GOH氏 の起こした革命が、この Yuming Banzai! でしょう。
商業的、採算的にも Yuming の50周年記念でしかできないのではないかと思います。

このアルバムに関する松任谷氏、GOH氏のインタビューはないかと探したのですが、見つけることができませんでした。過程で e-onkyo にて西野 正和氏の解説記事を見つけましたのでご紹介します。 読み応えあるプロの解説をご覧ください。 www.e-onkyo.com

さいごに

このアルバムを聴き「本当にやったんだ。」「(シンクラビア時代は) 廃盤にしたい、CDは大皿料理をタッパーにいれたもの、は本心だったんだ。」と感動を覚えると同時に「歴史的なアーカイブになる。」と感じました。
原盤は唯一無二の存在です。アナログのまま原盤の権利元に置いておいては、歴史的絵画と同様で何時失ってもおかしくありません。 rockinon.com このような不幸を無くすためにも、CDやアナログレコード時代の多くの音源が現代の品質でリミックス・リマスターされることを願ってやみません。